“悪魔”は存在した。創始期、魔法使いと対立していたのが“悪魔”である。
結局、“悪魔”はその後滅びることとなる。
魔法使いの血が継がれるのに対し、“悪魔”の血は引き継がれない。その代だけのものだったのだ。“悪魔”が仲間を得る方法は“人”の願いを叶え、それの対価を要求することだけだった。対価とはすなわち生け贄である。“悪魔”といえど、命から肉体を作り出すことは不可能だったため、命という対価は要求はしていたが数は少なかったようだ。
その“悪魔”は、数で負けてしまった。それ故滅びた。
だが、“悪魔”は現世にまで残る究極の“悪魔”を遺した。
雷鳴の様な声が、“独立空間”中に響いていた。
それに続いて、建物が崩れ落ちる音が純一の耳に届いた。
だが、純一はただその場に座り込んでいた。自分では何も出来ない、と。
(何で……)
何で自分は何も出来ないんだ、と。
魔法使いの人知を遙かに超えた戦いの中において、“ただの人”など飾り物に過ぎない。いくら魔法に関する能力を持っていようとも、魔法の制御が出来ないのであれば全く意味がない。それを生かすことの出来る魔法使いがいないのだから。
瑞樹は未だ目を覚まさない。“カノイ”も、全く反応を見せない。
――純一は、自分の中にある“危険”を知らなかった。だがそれは危険になるとは限らない。上手く扱うことでこの状況を打破できる可能性もある。
ゆっくりと寝息を立てている。生きてはいるが、意識が無い。
――それは爆発する予兆だった。
純一は、胸に違和感を感じた。違和感はやがて痛みへと変化し、これまでに無い苦痛が彼を襲う。
……そして、一気に“器”は溢れた。
「ああぁあぁぁああぁぁぁぁッ!」
契約は終了していない。瑞樹にも魔力の“器”がある。“アンプリアック”の能力は魔力増幅である。意識は無くとも契約は履行される。瑞樹の“器”を溢れた魔力は、純一の“器”にストックされる。その“器”からも溢れてしまうと、魔法を使う、いわばスイッチの様なものが強制的にオンになる。
スイッチが入ると、一般に魔力がエレメントに流れ込み、エレメントが魔力を様々な形で実体化させる。エレメントを通さない魔力放出は普通、“暴走”と呼ぶ。
魔法使いでない者はエレメントを持っていない。それが魔力放出をすれば、当然暴走する。
「あぁぁぁあああ――」
家中の窓ガラスが弾けた。学校の時と同じように。
(なんだこれ……なんだこれ……なんだこれ……!?)
見えない大きな波の様なものが、純一を中心として広がる。それは止まらない。向かいの家、その向こう、その向こう……。“独立空間”の“現象緩和壁”にぶち当たってやっと止まるが、今度はそれが逆向きになる。つまり、中心である純一に向かって猛スピードで迫る。
だが、その波に対抗するような波が同じく純一を中心に広がる。跳ね返された波はまた“現象緩和壁”に衝突、純一に向かう。
こうして二重、三重にも、純一に向かう波は増える。
何の対抗策も持たない純一にその波がぶつかれば、間違いなく潰れる。その前に瑞樹が起きたのならば助かるのだろうが、瑞樹は何に関しても全く無反応だ。
純一は頭を抱えてその場にへたり込んだ。頭をハンマーでたたき割ろうとしているような強烈な頭痛があった。純一すらも意識が朦朧とし始める。
(は……や、く……)
“魔物”は魔法使いに制御されている。その制御を離れた魔物はどうなるかといえば、想像し難いものではない。暴走する。暴走した“魔物”は周りのものを見境無く破壊し始める。
また1つ、家が丸ごと、一発で潰された。
潰す度、魔物は雄叫びを上げる。その声は水をも揺らす。窓ガラスがあったら思いっきり揺れているだろう。
純一の視界はぼやけつつある。
魔力の強制放出で、純一の体力はもはやゼロに等しい。瀕死状態の一歩手前である。
(あ――)
「ぁ……」
全身から力が抜けた。今の純一は自分の体重を自分で支えることすらもはや不可能だ。光の強弱とおおざっぱな色しか判別出来ない。輪郭の判別も無理だ。ぼやけ過ぎている。
90度曲がった世界で純一が最後に見たものは、亜麻色の何かだった。
意識が遠退いた。痛みも、一緒にゆっくりと消えていった。
「はぁッ!」
杖を勢いよく振り下ろす。魔物は黒い何かを噴出させて消えた。
『“コア・エレメント”消失。魔法反応消失――確認済み敵数26の内24の消滅を確認。残数2。現在位置より南西3キロメートル、北2キロメートル付近に1体ずつ。移動は確認せず』
「了解」
瑞樹が自ら張った“独立空間”の中を飛び回っていた。
カノイの報告にあったとおり、26体の内24体を既に倒した。10分の間にこれだけの敵を倒してまだ体力を保って動けるのは、意識を失って倒れている純一がいてこそだろう。
(これ以上は……)
『命令を認識。発動』
亜麻色の球が飛ぶ。その先にいるのは、最近建ったばかりのこの辺りでは最も高いビルを破壊しようと腕を振り上げている魔物だ。間違いなく1キロは離れている場所から放っている。少しでも早く相手の動きを止めるのが目的である。そのため、おおざっぱに狙っている。一発で急所に当たればラッキーというものだ。
それは、一応手にヒットした。
幸運なんてものはそんなしょっちゅう来ないのかなぁ……と瑞樹が思っていると、それは意外な効果をもたらした。
魔物がそのまま前後に揺れ始めた。――射的のコツと同じ事だ。下を狙うより上を狙った方が落としやすい。バランスが崩れやすいからだ。
完全に動きがバランスを保つことに集中しだした。瑞樹にとってはまさに『ラッキー』以外の何物でもない。
瑞樹は魔物の下に潜り込むように飛んだ。そして、魔物の体が後ろに振れた瞬間を狙って杖を突き出して上昇する。
縦に割れた。やはり中から黒い何かが出てくる。
そのまま1回転して北東に向かう。
『“コア・エレメント”消失。魔法反応消失――確認済み敵数26の内25の消滅を確認。残数1。現在位置より北東5キロメートル付近に1体。移動は確認せず』
「了解――最後ね」
終わったら全速力で戻らないと。瑞樹はそう考えていた。
だが、
『敵の移動を確認。敵の位置――敵瞬間移動と思われる反応を確認――東500メートル』
カノイは敵の瞬間移動を伝えた。
「なんですって!?」
東500メートル。いきなり目視可能な位置に現れた敵と、そこにある家。
そこにある家――遠見家が、そこにあった。
(まさか、魔物が……?)
そんな馬鹿な。
“魔物”が瞬間移動?
“魔物”が知能獲得?
(いや、それを考えるのは後、後……)
知能を持ったのならば、逆に動かなかっただろう。本当に知能を得たなら、わざわざ一撃必殺の技を持った相手の近くに現れるはずがない。
瑞樹は飛ぶ方角を変えた。杖を構え、振った。
その杖は“魔物”を切り裂く数ミリ手前で止まった。
(何よこれ……!)
防壁があった。魔物が魔法使いが放つ本気の攻撃を防ぐ防壁を展開するなど、前代未聞である。
信じられない。瞬間移動、知能獲得の可能性、強力な防壁。一体この魔物には何が起こっているのか。
(とにかく、今は……ッ!)
一旦離れて、もう一度仕掛ける。しかし、その壁は破れない。その間に魔物は腕を薙いで周囲一帯の屋根を吹き飛ばす。
そして、魔物は目の前にある家――純一が意識を失って寝ているはずの家を潰そうと腕を振り上げる。
“悪魔”は、“悪夢”と一緒に“武器”を遺した。
悪魔が遺していった武器。それは意外にも魔法使いが使うこととなった。
悪魔が滅びた後、発見されたものだ。それは多少の改変で魔法使いにとって使うことができるものとなった。
その武器は体内に埋め込まれ、通常の魔法発動と同じ様に使用する、と調査で判明した。
だが、それは『便利だ』とは言えなかった。
それは、恐らく最強の武器だった。だが、使う者を選んだ。しかも、適性を調べることが出来るのは1人1回のみ。何故なら、適わぬ者が使おうとすると死ぬからだ。
それは現代まで受け継がれているという。
埋め込まれた者の血にその武器の能力が残るからだと言われているが、実際どうなっているかは不明である。
『超巨大魔法反応を確認。位置、下』
瑞樹は真紅の光を見た。
真下から照らす様に光るそれは、純一のものだった。
「純一っ!?」
純一が無言で腕を振る。
真紅の光は一瞬爆発した様に広がった。それが収まって、まともに目が機能するようになった時、一条の光が魔物を貫通した。
そして、魔物は“分解”した。
(何……?)
恐らく“コア・エレメント”を貫通していない。“コア・エレメント”が破壊された場合、“コア・エレメント”の内容物、主に黒い粒子が吹き出るはずなのだが、それが出てきていない。
“コア・エレメント”を破壊していないにも拘わらず、魔物は細かい粒となって舞い上がる。
魔法歴史学者が見たら卒倒する様な光景を、瑞樹は上からただ呆然と見ていた。
「純……一?」
純一は未だ真紅の光を帯びている。暗い夜にその光は妙に似合った。輪郭がぼやけているが、腕を振ってそのままの状態であることは何とか判別できた。
光はゆっくりと、吸い込まれる様に引いていった。瑞樹が純一の隣に降り立つ。
「純一っ、大丈夫!?」
どこと定まらぬ場所を見ている純一に呼びかけるが、返事は無い。
純一はその場に倒れた。
「純一ッ!?」
メイジ・イレイス>第1話>第4章 悪魔が遺したもの