「おーい。ちょっと待てって。早い」
「遅いよ修司~」
「雪の中を、そんな速さで、走れってのが、無茶なの――っつか何で息が切れてないんだよ。元気だな美雪」
「美雪の雪は雪だよ? 私は雪と仲が良いのよ~」
「なんだそれ」
彼らが住むこの地方では珍しいほどの大雪が降っている。積もっている雪の量は既に10センチほどに達していた。少し前までほぼ吹雪といった状態だったが、数十分前に収まっている。
そんな雪の中、彼(女)がいない2人はクリスマスイブのこの日、とある場所に向かって走っていた――修司は歩いていたが――。誘ったのは美雪の方だ。それも吹雪が収まってすぐ。つまり、数十分前のことだ――
暖房の効いた部屋でベッドに寝そべって修司は本を読んでいた。
「さってと、休みぐらい早く寝るかな」
しおりを挟んで本を閉じた。そして、照明のリモコンを探す間に電話の子機が鳴った。出るのは修司ではなく下にいる親だ。いつもの通り無視する。が、少し感想を述べた。
「誰だよこんな時間に全く……」
といって机の上に置いてあったリモコンが目に入り、それを取りにゆっくりと起きあがると、下から母親の声が飛んできた。
「修司、電話よ~。美雪ちゃん」
「はあ? 美雪だって?」
美雪――修司が高校に入ってすぐに知り合った友達だ。他の友人曰く「お前ら、端から見たらそれ既に恋人みたいだから」と言われるのだが、当の本人たちは何とも思っていない。
母の声を受けて机にのばした手をリモコンから子機に向けた。そして掴む。外線ボタンを押す。
「もしもし、修司ですけど。何か用?」
『な、何そのつっけんどんな態度は……まあいいわ』
「何がまあいい? んな時間に電話されたらそういう態度にもなるっつーの」
修司が突っ込みを入れた。
『いいのいいの。細かいことは気にしない――それで、用件だけど、今会えないかな?』
「はあ? 外雪降ってるの分かって言ってるのか? しかもさっきまで吹雪いてたんだぞ」
『私だって外ぐらい見えるわよ。――で、イエスかノーか? どっち』
「ま、別に何にもないし。分かった、分かったから一体何がしたいのかを先に言え」
『別に何でも良いでしょー。あ、それじゃあ交差点の薬局の近くでね』
「あ、待て!」
ぷつっという音で電話は切れた。つーつーという音を最後の言葉を言った表情のままで聞いていた修司は、
「まあ、美雪らしいといえば美雪らしいけどな……この雪の中をかあ……?」
と言って切ボタンを押した。外を見れば今まで窓を軽く揺らしながら猛烈に降っていた吹雪は収まり、今のところ雪はゆっくりと落ちていた。
「歩けない程度には積もってないな……行くか」
簡単に着替えを済ませて黒いダウンのジャンパーを着た。帽子を被り、手袋をし、所謂『完全防備』する。
階段を下りると、
「あれ、修司どっか行くの?」
と母の声がリビングから聞こえた。
「ああ」
「気をつけてね。また吹雪くかもしれないから」
この時間の外出を全く気にしていない様子だった。
「分かった」
修司は傘を持って外へ出た。
ここまでが、修司が美雪と外を歩いている理由となる――
「あははっ。とにかく、急ごう」
「何でそんなに急ぐんだか……」
「修司が理由を知る必要は無いよ」
「何故に!? 理不尽だ」
「気にしない気にしない! あはは、あはははははっ」
修司がとぼとぼと歩く間、美雪は短時間で積もった粉雪を掴んでは上に放り投げていた。
「全く、元気だよなぁ……」
修司は1人溜息をつきながらやはりとぼとぼと歩いていた。すると、
がさっ
という音がして修司は白化粧を強制された。
「ぷへっ――何だ?」
「早く! 女の子を待たせるなんて非常識だよ修司」
美雪が意地悪そうに笑い、仁王立ちで両手を腰に当てながら言った。
「知るかんなこと」
といいつつ美雪が作り出した修司にとって少し小さな足場を軽快なステップで渡っていった。
修司が美雪のところへ辿り着くと、
「――やれば出来るのになあ、修司は」
と困った声を出した。
「……急ぐんだろ」
「あっ。そうそう、急ぐの急ぐの」
既に時刻は11時ちょうどを少し過ぎたあたりだった。街灯は雪を照らし、修司と美雪しか踏んでいないなめらかな雪は鏡のように光を返した。
「しかも、そう言えばどこに行くかすらも俺は知らないんだけどな」
「修司が場所を知る必要は無いよ」
「何故に!? っつかまたかよ」
「そうだよ、まただよ~。あははっ」
美雪は無邪気に笑った。
「さすがに私も疲れてきたなぁ……」
「そりゃそうだろ」
そして、2人は肩を並べて歩いていた。
新雪の感触を味わいつつ、ゆっくりと歩いていた。時刻は11時半。
あれだけ元気だった美雪も既におとなしくなり、修司がそれについて行けないということも無かった。
「本当に、一体どこに向かってるんだ?」
「お・た・の・し・み」
「何が……」
修司はまたも溜息をついた。溜息をつくと幸せが逃げる……という言葉を修司は思い出していた。『なんだそれ』と自分で突っ込みを入れた。そしてまた溜息をついた。
2人は時間帯もあり、誰もいない道を歩いていた。
「何か寒いなぁ……」
完全防備の美雪がぽつりと言った。
「その格好でか? 病院行くか?」
「酷いなあ――あ、マフラーずれてた」
「……はあ」
修司は今日何度目かの溜息を美雪の横顔を少し上から横目で見ながらついた。
「ん――どうしたの?」
「いや、何でもない」
修司は顔を逸らしながら言った。
「そう」
美雪は新雪を踏みしめる感触を楽しんでいた。時刻は11時45分。
それから5分後。2人は堤防についた。
「ここ。私が来たかった場所」
「……おいおい。真夜中に呼び出しておいて川ですかい?」
「そう。ここが良かったの」
「何で?」
「――修司と私が初めて会った場所だからね」
「はあ?」
しばらくの沈黙が訪れた。それを破ったのは美雪だった。まずは雪の中に体を埋める。大の字を作った。美雪は雪が降る曇り空を眺めた。
「こういう場所の方が雰囲気あるかと思ってさ」
「何の雰囲気?」
「告白するときの」
「……ぇ?」
修司は間抜けかつ小さな声を漏らした。口が開いたままふさがらず、目も開いたままだった。
そんな修司が言葉を絞り出した。
「な、何……言ってるんだ?」
「まだ何も言ってないよ」
それに対して美雪はあっけらかんとしていた。
「これから、言うんだから」
間抜けな顔をした修司に、美雪は立って向き直った。手を後ろで組み、美雪は言った。
「私修司好きなんだ」
11音しかない短い言葉が修司にかなりの衝撃を与えた。開いた口がさらに開いた。口に雪が吹き込んでくるのも全く気にしていないようだった。
「ほら、早く。早くしないと私、彼氏無しでクリスマス迎えちゃうでしょ」
「な、な、な、な、ななななななななな」
限界まで開いた口で1音を絞る。そして、何とか口を元に戻して修司は怖ず怖ずと尋ねる。
「今日は12月24日であって4月1日では無いな?」
エイプリルフール。冗談だろという考えだった。
「当たり前でしょ」
「お前頭おかしくないよな?」
精神異常。雪ではしゃぎすぎたんだろ――修司は何とか希望をひねり出した。
「失礼なこと言わない」
しかしそのもう浮かばないであろう希望はあっさりと蹴落とされた。
「よーし分かった。これは良くできたジョークだな?」
最後の退路を作り出した。実は最初の質問と大体同じ事を聞いているのだが、修司は半分パニックに陥っていたために気付かなかった。
「4月1日じゃ無いって」
「……」
「……」
ついに修司は逃げ道を失った。
「あと1分」
11時59分。
「こう言うのは1日の始まりの時が一番大事なんだからね」
「……それで、俺が好きだからどうしろと?」
「『付き合って欲しい』ときちんと言わなきゃだめ?」
「いや、結構……」
「……」
数十秒の静けさ。一瞬強く吹いた風が2人の帽子とマフラーの間から微妙に出ている髪を揺らした。
「なあ、気付いてたか?」
「何に?」
「俺も美雪が好きだ、って」
修司が笑って言った。
「……気付かなかった――でもね……これで関係は成立よ。今から私たちは友達じゃなくて恋人だからね」
「……さいですか」
「何よそれ」
「いえ何でもありません私の愛する美雪様――これで満足か?」
「何よそれ」
時刻は0時0分だった。12月25日0時0分。クリスマス当日だった。
「……あはは、あはははははっ!」
美雪はまだ誰も触れていない、なめらかな表面の雪で遊び始めた。修司は灰色に白いアクセントがついた空を眺めていた。
「ねえ、修司!」
「何だ?」
修司の視界が動いた。下にあった物が上に移動していく。修司の顔は美雪によって下へ向けられ、修司と美雪は完全に向き合っていた。
「……ぅ、ぇ?」
何も分からない修司に美雪は何も言わず目を閉じて顔を近づけていた。
「……」
(……なるほどな。――美雪らしいといえば、美雪らしい。しかし、いきなりだな……)
「初めてなんだから。これ」
「俺もな」
「……」
「……」
「……あはは、あはははははっ!」
「……っ、く、くく――!」
その後、両方の携帯が鳴り、両方の親が「早く帰ってこい」と同じ事を言って、帰ろうとするまで2人は年甲斐もなく遊び騒いでいた。
近くの家の窓が開いた。怪訝な顔をして窓を閉めると、続いてカーテンも閉めた。そして、その男は、泣いた。「くそあいつらなんなんだこんちきしょうこちとら受験落ちそうだってのにふざけんじゃねえぞうがぁぁ」と叫びながら。
「しゃーね。帰るか」
「そうだね」
言って少しの間、2人は空を眺めた。
「あんまり、きれいとは言えないね」
「そうだな」
「帰ろう。――あ、手、繋いでこ」
「帰るという部分には同意するがその後ろには少し同意しかねるな」
「別に困ること無いじゃない」
「いや、なんっていうか。抵抗があるって言うか、恥ずかしいようなそうでないようなっていうか」
「はっきりする!」
と言って美雪は修司の手を無理矢理取った。そして、引っ張っていった。
「わ、止めろ! とりあえず両方に同意するから引きずり回すな! こける――ぶわっ!?」
見事に修司はこけて、全身真っ白になった。
「さ、帰ろう」
「ぺへっ――ああ、帰ろう」
引きずったときの手はそのままで、2人は肩を並べて歩いていた。
(楽しいクリスマスになりそうだなあ。今年は)
(何か苦労しそうだな。今年は)
それぞれがそんな思いを抱きながら、それぞれ家へと帰っていった。
「修司……どうしたの、こんな遅くに全身真っ白にして」
「ああ、こけた」
「修司らしくないわね。落としてから上がりなさいよ。それと外に出しておくこと」
「分かってるって」
「――それと、美雪ちゃんから電話があったわよ」
雪を払い落としている修司を背に母は言った。
「なんて?」
ジャンパーを脱いで適当に振り回している修司は顔だけを母に向けた。
「『明日午後1時に同じ場所で集合』って」
「ああ、そう。分かった」
そして払い落とし終えた修司は上がり、階段を上っていった。
「修司」
それを母に呼び止められ振り返る。
「デートね」
「……え?」
修司は溜息と同じく今日何度目かのすっとぼけた声を出した。
「美雪ちゃんの声を聞いてれば分かるわよ――明日、彼氏として頑張りなさいよ」
「な、何故そこまで……?」
「『声を聞いてれば分かる』わよ」
「……さいですか」
修司は階段を上っていった。
部屋に入ると、外に出る前と同じような格好になった。ベッドに寝そべってこう呟いた。
「俺に、彼女かあ……何か、実感がわかないな。美雪が相手だと」
ぼんやりと天井を眺め、目を閉じた。
(あのとき一瞬見た美雪って、微妙に大人びてたんだけどな……やっぱ、いつも通りの方が可愛いと思うぞ。うん――さてと。明日、大変そうだな……)
「おやすみ、美雪」
美雪の部屋では、修司とほとんど同じ事をしている美雪がいた。
「ついに言っちゃった……でも、良かった」
ぼんやりと天井を眺め、目を閉じた。
(明日は忙しいわよ……)
「おやすみなさい、修司」
2人はほぼ同時に照明を消した。修司は疲れ顔、美雪は微笑んでいた。
こんにちは。こんばんは。おはようございます。該当する言葉を各々で選択していただけると幸いです。
今回はクリスマス特別短編ってわけで書いたんですが、かなり安上がりですよこれ。どうしましょう。このままあとがきを増やして本文とあとがきの比率を2対8ぐらいにしてやりますか? ――止めておきます。
やっぱりクリスマスだしってことで恋愛モノですが、薄っぺらい。短編だから前後を書くことも出来ずにこれ以上内容を厚く出来ないんですよ。いや、ここまで短いと逆に短編かすら怪しいです。というか、2人の最後の台詞、書いておいて「何だかな」と思って残しました。ごめんなさい。
これを書いているのは例によってクリスマスイブ。作中では雪が降り続いているのですが、実際には降り止んでます。積もってはいます。膝あたりまであります。天気予報を信じるなら30センチ積もってるはずです。大体降り止んでから1日経っているので少しマイナスです。もしかしたらこの後・この前を書いた作品を書くかも知れませんが、期待薄さ1ピコメートルです。
短いかな? では近況を。
まず、当日。これを書いている最中です。地震が発生。震度3でした。そこそこ強く感じたんだけどな。
それとですねぇ………………『涼宮ハルヒの動揺』を買いました。クリスマスのプレゼント用に『彼女は帰星子女』も。まだあんまり読んでません。涼宮ハルヒシリーズは、始めに買ったとき一人称視点だったのが僕にとって結構衝撃的でした。それがかなり面白い。最初学園物と思わせておいてかなりSF入ってたりと、想定外。『灼眼のシャナ』とこれを最新刊まで買い終えたら次は『学校を出よう!』を買いたいと思います。作者が同じ谷川流さんですし。
年賀状も書きましたよ。結構凝りましたよ? 1人は端っこに置かれた絵に、もう1人は全体的なデザインに。絵は別の作品の登場人物で、デザインの方はブログ風に。端っこのカテゴリとか。この作品にもこれぐらい凝れば良いのにとか言う突っ込みはスルーします。
――では、この辺にしましょう。そこそこの長さも持った事ですしね。
それでは、最後まで読んでくださった皆さんに感謝しつつ、さようなら。良いクリスマスを。
(おまけ:実はこれ原稿用紙で20枚ちょうどだったり)
(作者・打つ手を一旦休めて「やっぱりこういうジャンルは苦手なんですけど」と自分の頭にいる担当さんに訴える)
M3A3&誰か(匿名希望)
2005年12月24日