あの日と涙と悲しみと


 これは、僕がまだ幼い頃の話だ。

 母親の実家は車で15分程度の場所にある。ちなみに父親の実家は車で3、4時間である。
 日曜日。母親の話ではもう数十年は乗っているらしい黒のカリーナに乗って、僕はその母親の実家に向かっていた。

前編 あの日

 小学生ですら無かった。髪の毛は今の姿からは想像も出来ないほどに短かった。いわゆるスポーツ刈りというやつであった。小学校に入ってからまさか毎朝くしで撫でつけないと凄いことになっているような髪になるとは思ってもいなかった。
 母親の実家に行くと、大体母親と祖母は話し込んでいた。だから、僕は専らゲームをしていた。今となってはもう懐かしいとすら言える、セガサターンであった。ちなみに、コントローラーが少しイカれていることと、電源を入れる度に日時設定を要求されること以外は今も動く。
 そのセガサターンでレースゲームをしていると、祖父から声がかかった。
「なあ、○○」
 僕はスタートボタンを押して、ポーズをかけた。そして、祖父の方を向くと、部屋の扉を少しだけ開き、そこから顔を出して笑っていた。
「誕生日何もなかったやろ。ゲーム、買ったろか?」
 無論、ゲームの電源を即座に切って頷いた。
「うん」
 当時まだ純粋な心を持っていた。多分、そんな言葉じゃなくても僕はついていっただろう。例え声をかけてきて、行き先が畑だろうと何だろうと。祖父と一緒に出かけるということ自体が楽しかったのだ。今では信じられない。
 テレビの電源を消して、部屋の照明を消して。とたとたと走り寄った。
 祖父の後ろに僕がくっついているのを見て、母親と祖母は
「出かけるの? 行ってらっしゃい」
 と言った。このパターンはどういう事か、分かっていたのだ。
 当時小賢しい頭脳など持っていない僕は、純粋に祖父と一緒にいる時間を楽しんでいた。話したり、出かけたり。そういうことが。
 靴を履いて外に出る。祖父が乗るのは、白い軽トラだった。今はもう、無い。
 僕はその軽トラの横で待っていた。
「まあそんなに急ぐな」
 しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、笑っていた。今思えば、どうして祖父はそんなに笑っていたのだろう。
 祖父が鍵を開けると、僕はドアを開けて、乗った。当時、集団の中では少しばかり背は高い方であった。今となっては背の順で並んだ場合に僕は真ん中より後ろあたりになって、順番を数える場合には前から数えても後ろから数えてもそう大して変わらないが、当時は後ろから数えた方が早かった。軽トラに乗るのに、同年代の中では楽な方だったと思う。
 祖父がキーを差して、回す。しばらくキーを回しっぱなしにして、ようやくエンジンがかかった。さすがだ。オンボロ軽トラは伊達じゃない。
 ギアを操作して、アクセルを踏む。車は進んでゆく。
 動いてゆく風景を、車内で祖父との会話を、僕は楽しんでいた。

 着いたのは近所の電気店だった。大型小売店でなく、小さな店だ。本来とあるメーカーの店なのだが、店の隅にゲームソフトを売っているコーナーがあった。
「こんにちは、××さん」
 店の奥からしゃがれた声のお爺さんが現れた。
 何度も見かけていたはずなのだが、外に出ると裏モードが発動する僕であった。挨拶をされても、小さく照れくさそうに笑みを浮かべて、こくんと会釈を返すだけだった。
 ゲームソフトの所へと歩く祖父の後ろを、僕がついていった。
「好きなの選んでいいぞ」
 夢中で見ていた。
 今では中古店で数百円で売っていそうなゲームが、当時は数千円する結構高いものなのだ。同じ値段で今の品質を考えると、技術進歩に感心せずにいられない。
 しばらく眺めていた。
 そして、決めた。
 外に出ると裏モードが発動するのは先ほど言ったとおりだが、実はこれ、結構徹底している。何と、外に出ると普通に話していた人ですらなかなか話せなくなるのだ。
 祖父の背中をつついた。
「決めたんか?」
「うん」
 祖父が、僕の後ろを歩いてきた。
「これ」
 そうして指差したのは、サッカーのゲームだった。
「これでいいんか?」
「うん」
 祖父は先ほどのお爺さんを呼んで、僕が指差したゲームを差した。お爺さんは鍵を開けて中からそれを取りだして、もう一度僕に確認をした。  頷く。
 祖父とお爺さんが歩いてゆく。僕は祖父の後ろを歩いていった。
 買ってもらったソフトが入った袋を、僕は大事そうに抱えていた。

 帰ると、早速ディスクを入れ替えた。
 今のゲームと比べると、コンピュータの動きも、グラフィックも処理速度等々、何もかも劣っていた。でも、僕にはそれが格好いいと感じられた。当時はまだプレイステーションとニンテンドー64が争っていた時代だ。それにすら劣るものを、僕はとても面白いと感じた。

 何故か僕の頭にはその記憶が残っていた。とても、鮮明に。何年も前の話だとは思えないほどに。

後編 涙

 あの話の後、僕が思い出したのは祖父の死の瞬間だった。

 市民病院にカリーナで向かっていた。
 僕の心臓はものすごいスピードで動いていた。状況が中途半端に分かってしまっていたのかもしれない。

 急いでいた。だけど、病院内で走るわけにも行かず、僕と母親は歩いていた。
 病室に着く。
 機械類の音は一切しない。あの規則的なぴっ、ぴっ、という音が無い。心臓が止まったのを示す、『ピーーーー』という長い音も無かった。
 つまりは、全てもう終わっていたのだ。その顔は、眠っているのか区別がつかないほどに安らかだった。
 周りで家族が泣いている。
 僕だけが、泣いていなかった。こらえていた。
 泣くか。泣いてたまるか。泣くわけ……ないだろ……。負けるわけ、ないだろ……。
 俯いて、まばたきをした。よく見えない。もう一度まばたきをした。涙が一滴、落ちていった。
 悲しみに負けたのだ。
 そして、全く関係無い場所に、傷が付いた。心の傷。その中でも、色々なことに関わってくる場所に。
 ショックだった。ただ、ショックだった。

 祖父が死んだ。それを目にして、僕はただ、強がっていた。
 男の子だから。泣き虫と嘲られていたから。泣くのが格好悪いと思っていたから。だから、傷口は広がっていた。

 涙をこらえることが、それ以降あまり出来なくなった。代わりに、泣くことそのものが少なくなった。感動ものとか、そういう類では泣かなくなった。物事をただの現象としか捉えなくなったのだ。
 ――それが何? どこが泣けるの? 何が泣けるの?
 ただ、自分が嘲られると、すぐに涙がこぼれた。
 何もかもが、「我慢したって無駄だ」と告げているように思えてしまう。
 だから、何年も後、僕は装うという事を覚えた。
 心が無い、というように。感情の起伏が激しいのは、ただの演技で。内面ではただ相手を嘲って。
 そんなことが、そんなことこそが、無駄だと気付いたのは、つい最近の話だった。

 でも、一度変えたことはなかなか元に戻らなくて。
 教科書に載っている作品を読んでも、何も思わなかった。
 ――それで、何? 作者は何を言いたいの?
 自分に当てはまることだなんて思わないで、ただそう考えた。感想を、考えた。
 授業を受けて、ふうん、へえ。そうなんだ。――ただそれだけだった。


 友達と喧嘩をしたことは、誰だってある。
 自分の名前については、特にある。僕の場合は。

 その時は、班員が全員敵に思えてきた。
 よりによって班長が一番の敵だった。
 何が仲良く、だ。
 そんなことがあった夜、僕はそう思った。
 仲良く、仲良く、仲良く、仲良く……。そう言っている本人が、僕を傷付けているなんてこと、自覚していない様だった。誰の所為だ。誰の所為でこんな思いをしていると思っているんだ。
 照明を消して、真っ暗となった部屋の天井を見つめて思った。
 何なんだ、この班は。どうすれば良いんだ、自分は。
 班変え初日から既に嫌気が差すという事態になっていた。原因は、どちらとも言えない。暴力を振るったという点においては僕だった。一番頭に来ることを言われたからだ。相手もそれは自覚していたはずなのに。そう、原因を物事の発端へと遡ってゆくのなら、原因は相手だった。分かっていながら言ったのだ。何度も、何度も。言うなというのにまだ言った。そして最終的に僕がキレた。
 何なんだろうな、こいつは。こんなことを言って相手を弄ることしか出来ないのか。
 ――ならお前はどうだ? お前は暴力でしか物事解決できないのか?
 そんな問いかけが自分の中にあった。自分に非があるのは確かである。
 謝ろうと、思った。
 だが、当たったのが右腕で、『野球が出来なくなったらどうするつもりだった』などと言ってくる相手だった。謝ろうと思っていた気持ちが、その言葉を思い出したことで一瞬にして怒りに変わった。たったあれだけの勢いで右腕に野球が出来なくなるほどのダメージがあるとは到底思えない。思えという方が無茶なほどだった。言いがかりも良いところだ。
 そうして、時間は進んでいく。
 同じ事だけがグルグルと繰り返し廻ってくる。

 暗い天井を見つめていて、ふと、何故かよく分からないのだが、あの日の記憶が出てきたのだ。
 祖父が死んだ日。

 唐突に、泣いた。枕に顔を押しつけて泣いた。
 もう何だってんだ。
 もう何年も前の古傷だ。どうしてそれが今痛い?
 何も考えていなかったんだ。ただ、愚痴をこぼしていただけ。それも尽きて、何も考えず天井をただぼーっと見ていた。
 だから、なのだろうか。
 今日のことが、傷を抉ったのかもしれない。
 ただ、1つだけ言える。

 何もかも、繋がっている。それは、本当だった。


おまけ

 どうもです。本棚がヤバいM3A3が参上しました。おまけとか言いつついわゆるあとがきです。書きたいんです。弁明したいんです。
 この作品は子供の頃の記憶を掘り起こして、小説な感じに仕上げたものです。ですが、あまり脚色はしていません。というか、ノンフィクションとしても良いのではないかというほどです。記憶を勝手に補完した部分があるため、完全に事実に基づいているというわけではありませんが。
 少し前まで良く泣くヤツという認識であったわけですが、――ええ、今でもかもしれませんが。とにかく、そういう風に思われていたのは事実で、その通りであったのも事実でありました。
 どう終わらせようか迷った挙げ句あんなぐちゃぐちゃになって、意味不明お前は一体何が言いたい的な結末になってしまいましたが、勘弁してください。ほんと。
 ブログにでも書くべき何でしょうけど、いくら何でもメインコンテンツと言い張っている読み物があんな寂しいのでは話にならんということでこれは小説にしておいてくださいお願いします。
 さて、僕はタイトルを何も考えずにひねり出すタイプです。メイジ・イレイスなんてもはや意味不明ですね。あはは。もう名付けた当時の事なんて覚えていません。適当です。世の中適当でもどうにかなります。修羅場なんて表面そんなですけど実際には結構適当に乗り切れるもんなんだよ。なんだよ!
 最近就寝時間が自然と早くなって行く現象を体験しているM3A3でした。
 それでは。

2006-06-16公開


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